野田 佳彦(のだ よしひこ、1957年(昭和32年)5月20日 – )は、日本の政治家。民主党所属の衆議院議員(5期)、内閣総理大臣(第95代)、民主党代表(第9代)。

野田 佳彦(のだ よしひこ、1957年(昭和32年)5月20日 – )は、日本の政治家。民主党所属の衆議院議員(5期)、内閣総理大臣(第95代)、民主党代表(第9代)。

千葉県議会議員(2期)、民主党国会対策委員長(第7・10代)、花斉会会長(初代)、財務副大臣、財務大臣(第14代)などを歴任した。

日本の政治家
野田 佳彦
のだ よしひこ

2011年4月15日、アメリカ合衆国財務省にて
生年月日 1957年5月20日(54歳)
出生地 千葉県船橋市
出身校 早稲田大学政治経済学部
所属政党 (無所属→)
(日本新党→)
(新進党→)
民主党
称号 学士(早稲田大学・1980年)
公式サイト 衆議院議員 野田よしひこ

第95代 内閣総理大臣
内閣 野田内閣
任期 2011年9月2日 – 現職
天皇 今上天皇(明仁)

第14代 財務大臣
内閣 菅内閣
菅第1次改造内閣
菅第2次改造内閣
任期 2010年6月8日 – 2011年9月2日

衆議院議員
選挙区 (旧千葉県第1区→)
千葉県第4区  
当選回数 5回   
任期 1993年7月19日 – 1996年9月27日
2000年6月26日    – 現職  

千葉県議会議員
内閣  
選挙区 船橋市選挙区
当選回数 2回
任期 1987年4月23日 – 1993年7月5日

来歴 [編集] 生い立ち [編集]千葉県船橋市出身。父は富山県の農家の6人兄弟の末っ子として生まれた自衛官(第1空挺団[1]、あるいは業務隊[2]所属)[3][4]。母は千葉県の農家の11人兄弟の末っ子だった[4]。

学生時代 [編集]船橋市立薬円台小学校、船橋市立二宮中学校と進み、千葉県立船橋高等学校に入学[5]。

船橋高校では柔道部に所属[6]。早稲田大学政治経済学部政治学科に現役で入学。立花隆に憧れ、ジャーナリストを志していた[3]。在学中は新自由クラブでボランティア活動をしていた[6]。

1980年、早大を卒業し松下幸之助が設立したばかりの松下政経塾に第1期生として入塾。同期の塾生に横尾俊彦がいる。1985年、政経塾を卒業[5]。卒業後は家庭教師や都市ガスの点検員等、様々な仕事を経験した[7]。

政界入り [編集]1987年、千葉県議会議員選挙に立候補。なお、新聞社の選挙予想では泡沫候補の扱いを受けていたが、当時最年少の29歳で初当選を果たした。千葉県議は2期務めた。

国政へ [編集]1992年、松下政経塾の評議員の1人だった元熊本県知事の細川護煕の下で日本新党の結党に参加。翌1993年の第40回衆議院議員総選挙に旧千葉県第1区から出馬し、当選を果たした。この総選挙では日本新党ほか新生党、新党さきがけが党勢を拡大して自由民主党を過半数割れに追い込み、8党派の細川連立政権が誕生する。日本新党所属の野田も細川内閣を支えるが、国民福祉税構想の頓挫や佐川急便からの1億円借り入れ疑惑で窮地に陥った細川首相は1994年4月に突如辞意を表明し、8ヶ月で退陣。続く羽田内閣も日本社会党の連立離脱により少数与党に転落し、非自民連立政権は10ヶ月で幕を下ろした。同年末、新進党結党に参加する。

小選挙区比例代表並立制導入後初めて実施された1996年の第41回衆議院議員総選挙では千葉県第4区から出馬するが、自民党の田中昭一に105票差で敗北。この票差は全小選挙区でも最小の数字であった(田中昭一:73,792票、野田佳彦:73,687票。野田の惜敗率は99.85%)。新進党は加藤六月のような例外を除き(加藤の小選挙区でのライバルは橋本龍太郎)重複立候補を認めていなかったため、落選した。落選後新進党を離党し、民主党に入党。約4年間の浪人時代は中小・零細企業の経営者たちのカンパに支えられたという[5]。

2000年の第42回衆議院議員総選挙では民主党公認で千葉4区から出馬し当選。4年ぶりに国政復帰を果たした。同年、民主党総務局長に就任。翌2001年、民主党次の内閣でネクスト行政改革・規制改革担当大臣に就任する。

2002年の民主党代表選挙に際しては、菅直人・鳩山由紀夫の二枚看板(所謂「鳩菅体制」)に危機感を覚える前原誠司、松沢成文、河村たかしら中堅・若手議員で「第二期民主党をつくる有志の会」を結成。9月の代表選に前原、野田のどちらを擁立するかで調整が難航したが、中堅・若手議員を代表する形で野田の出馬に落ち着いた。鳩山代表の3選は阻止できず落選したが、選挙戦を通じて党内での知名度を高めた。その後、鳩山代表から政策調査会長就任を要請されるが、鳩山を支持するために代表選出馬を取り止めた中野寛成の幹事長就任を「論功行賞」と批判し、就任を固辞した。

2002年12月、民主党国会対策委員長に(~2003年11月)、2004年には次の内閣財務大臣に就任(2005年9月まで)し、党の要職を歴任する。

2005年の第44回衆議院議員総選挙では千葉4区で自民党の藤田幹雄の猛追を受けるが、944票差で藤田を破り、4期目の当選を果たす。なおこの選挙で、千葉県内の小選挙区で当選を果たした民主党議員は野田ただ1人であった。

堀江メール問題での失脚 [編集]2005年、総選挙で惨敗した民主党は敗北の責任を取って辞任した岡田克也代表の後任に前原誠司を選出し、野田は前原執行部で再度国会対策委員長に就任した。しかし2006年2月、永田寿康が引き起こした堀江メール問題では、当初このメールの信憑性を疑わず永田を擁護する対応を取ったため、国対委員長を引責辞任した(追って前原も民主党代表を辞任)。なお、このメール問題について、2008年に刊行された民主党秘書らによる『民主党10年史』(第一書林)では「普通の企業なら当然備わっている危機管理と統治能力がなかった」 、「党執行部の仲良しグループ化が生んだ情報囲い込み」が原因だったと指摘された。また馬淵澄夫によれば、国対委員長を辞任した野田と神楽坂のバーで飲んだ際、野田は「いやー、いろいろあったけど墓場まで持っていくしかねぇな」と話したという[8]。

国対委員長辞任後は科学技術政策ワーキングチームの座長として宇宙の軍事利用の検討を行い、防衛目的の利用はできないという従来の政府解釈を転換し、非侵略での宇宙利用を容認する「宇宙条約」の締結を進める方針や「宇宙庁」の設置を主張した[9][10]。

2008年8月、「本当の二大政党なら政策論争をしないと意味がない」と主張し、民主党代表選への出馬を表明したが、幹部の松本剛明に強く自制を求められるなど自らのグループを纏め切れず[11]、さらに安住淳国対委員長代理(当時)からいわゆる偽メール問題の責任を挙げられ自省を迫られるなど[12]、推薦人(20人)確保の目処が立たず、出馬を断念した。これにより、小沢一郎代表体制の継続が事実上決まった。これについて2008年9月7日放送の『たかじんのそこまで言って委員会』で立候補を断念した経緯を語った。またこの出馬断念に反発した馬淵澄夫がグループを脱会した[13]。2009年5月の小沢代表辞任に伴う後継選挙では岡田克也を支援したが、岡田は鳩山由紀夫に敗北。ただ、岡田が鳩山代表の下で幹事長に就任すると、幹事長代理として執行部入りし、復権を果たした。

鳩山内閣 [編集]同年9月の鳩山由紀夫内閣の成立に伴い防衛大臣就任が取り沙汰されたが、近著で集団的自衛権の行使を主張していることから、党内や連立政権での意見対立を刺激することが懸念されたため野田の防衛相就任は見送られたものの、その手腕を高く評価していた藤井裕久財務相の意向により、財務副大臣に就任。2010年1月に藤井が健康上の問題を理由に辞任すると、後任候補の1人として名前が上がり[14]、藤井も野田を後任に推薦する意向だった[15]が、菅直人副総理が国家戦略担当大臣から横滑りする形で副総理兼財務相に就任し、野田の財務相昇格案は見送られた。

菅内閣 [編集]
2011年4月15日、アメリカ合衆国財務省にて財務長官ティモシー・フランツ・ガイトナー(右)とともに2010年6月、鳩山が代表・首相辞任を表明し、6月8日に鳩山内閣は総辞職した。後継代表・首相には菅副総理兼財務相が就任し、菅内閣の財務相には野田が副大臣から昇格する形で就任することとなった。初入閣での財務相就任は初めての例であり、戦後の大蔵大臣時代を含めても比較的異例である。

同年8月20日、為替動向について記者会見で「重大な関心をもって注意深くみていく」と述べる一方、為替介入についてはコメントを避けた[16]。9月8日、円高について衆院財務金融委員会での答弁で「明らかに一方的に偏っている」とし、「必要なときには為替介入をふくむ断固たる措置をとる」「産業の空洞化にもつながりかねないということで、強い懸念をもっている」と述べた[17]。9月15日、政府・日本銀行が「円売りドル買い」の為替介入に踏み切ったことを発表。この介入により1ドル=82円台から1ドル=85円台に急落した[18]。10月8日、1ドル=81円台に上昇したことを受け「より一層重大な関心を持ってマーケットの動向を注視し、必要なときには介入を含めて断固たる措置をとるという姿勢に変わりはない」と述べた[19]。また同日ワシントンで開かれた先進7か国財務相・中央銀行総裁会議(G7)では為替介入について「批判的な意見は出なかった」と説明した[20] 。

2010年9月に発足した菅改造内閣でも財務相に留任。2011年1月の内閣改造に際しては内閣官房長官への横滑りも取り沙汰されたが、野田が財務相続投を強く希望したため、菅再改造内閣でも留任した。

スタンダード&プアーズによる米国債の格下げに伴い、2011年8月8日に行われたG7電話会談では、「米国債への信頼は揺るがないし、魅力ある商品だと思う」と述べ、円高に対してはマーケットの動向を注視すると述べた[21]。

民主党代表選挙・内閣総理大臣へ [編集]2011年6月9日、菅直人首相の退陣表明を受けて仙谷由人民主党代表代行や岡田克也党幹事長らは民主党代表選挙に野田を擁立する方向で調整[22]。朝日新聞(2011年6月9日付)が1面トップでポスト菅の「本命」と報じ、夕刊の各全国紙が後追いした。野田は8月10日の文藝春秋で「時機が来れば、私は、先頭に立つ覚悟です」と党代表選への出馬に意欲を示し[23]、同日の記者会見では「脱小沢」路線は見直すべきとの考えを示した[24]。8月23日、代表選での連携を期待していた[25]前原誠司が立候補の意向を示した。

野田は8月26日に立候補を表明し、原発事故収束を優先事項に挙げる。また自身は脱原発依存の立場であり、原発は新設しないことを表明した[26]。朝日新聞が8月26日に発表した「次期首相にだれがふさわしいか」の世論調査の結果では、原口一博に次ぐ4位となった[27]。同26日には小沢一郎元代表の支持を受けた[28]海江田万里経済産業大臣が立候補を表明[29]。代表選には史上最多となる野田・前原誠司前外務大臣・海江田経産大臣・鹿野道彦農林水産大臣・馬淵澄夫前国土交通大臣の5人が立候補する形となった。

2011年8月29日に施行された代表選挙では、第1回目の投票で海江田の143票に次ぐ102票を獲得[30]。過半数を獲得した候補がいなかったため決選投票となり、小沢への批判票を集めた野田が215票を獲得して177票を獲得した海江田を逆転し、第9代民主党代表に選出された[31]。

投票前に行われた、いわゆる「ドジョウ演説」では、ジョークや相田みつをの詩を交えつつ、政治に「夢、志、人情」を取り戻すことを訴えた[32]。 落語家の三遊亭楽春は「落語にドジョウは出てくるが主役じゃない。野田さんは華はないけど実直で安心感はある」とドジョウ演説を評価した一方で、政治評論家の有馬晴海は「『ドジョウ政治』と言っても何をしたいのか分からない。もっと自分の生活から絞り出てくる言葉がほしい」と批判した[33]。

党首選挙に於ける決選投票での逆転当選は、1956年12月自由民主党総裁選挙での石橋湛山以来55年振りで、民主党では初めてとなった[34]。

民主党代表選出後の8月30日、菅再改造内閣の総辞職を受け衆参両院で行われた首班指名選挙において、第95代内閣総理大臣に指名される[35]。9月2日に天皇による親任式を経て正式に就任し、民主党と国民新党の連立による野田内閣が発足した[36]。

年譜 [編集]
2010年11月、アジア太平洋経済協力財務相会合にて議長に就任1980年:早稲田大学政治経済学部政治学科卒業。松下政経塾に入塾(第1期生)。
1987年:千葉県議会議員に無所属で立候補。当選。
1992年:千葉県議会議員に無所属で立候補。再選。
1993年:第40回衆議院議員選挙に日本新党公認で出馬。初当選(1期目)。
1996年:第41回衆議院議員選挙に新進党公認で出馬。105票差で落選。
2000年:第42回衆議院議員選挙に民主党公認で出馬。当選(2期目)。
2002年:民主党代表選挙に、第二期民主党をつくる有志の会に推され出馬するが、鳩山由紀夫に敗れ落選。
2002年:民主党の党国会対策委員長に就任。
2003年:第43回衆議院議員選挙に民主党公認で出馬。当選(3期目)。
2005年:第44回衆議院議員選挙に民主党公認で出馬。当選(4期目)。
2005年:党国会対策委員長に2度目の就任。
2006年:党国会対策委員長を引責辞任。
2007年:党広報委員長に就任。
2009年:第45回衆議院議員選挙に民主党公認で出馬。当選(5期目)。
2009年:鳩山由紀夫内閣で財務副大臣に就任。
2010年:菅直人内閣で財務大臣に昇格就任。初入閣。
2011年:民主党代表及び内閣総理大臣に就任。

人物 [編集]
2010年11月6日、アメリカ合衆国財務長官ティモシー・フランツ・ガイトナー(左)と 人柄、性格、趣味など [編集]身長173cm、体重79kg。血液型はB型。尊敬する人物は松下幸之助とロバート・ケネディ。座右の銘は松下政経塾の「五誓」の一つである「素志貫徹(成功の要諦は成功するまで続けるところにある)」。政治信条はケネディの「アイデアリズム・ウイズアウト・イリュージョン(幻想なき理想主義)」[5]。
趣味は格闘技観戦。小学生の時にキックボクシングの沢村忠に握手してもらい感動したという[5]。最強と考えるプロレスラーはジャンボ鶴田。政治の場でも格闘技用語を使い、2002年の民主党代表選のキャッチフレーズは「ドスンパンチ」、2003年には小泉純一郎首相の答弁を「ヒットアンドアウェーというよりアウェーアンドアウェー」と表現した[5]。柔道2段の有段者で、田村亮子と写った写真を議員会館自室に飾っている。田村について「政治家としての行動は違うが、柔道家としては好き」と語っている[5]。超党派で作る格闘技振興議員連盟の会長を務めている。本人曰く柔道でも政治でも寝技は苦手。
好物はラーメンと日本酒[41]。酒豪だが高級バーをはしごするタイプではなく、庶民的な店がほとんどだという[5]。カラオケの十八番は「柳ヶ瀬ブルース」「思えば遠くへ来たもんだ」など。
性格は温厚で礼儀正しいと評される事が多い[42][43]。また真面目で行動や発言は慎重[5]。

系譜 [編集]野田家(富山県富山市、千葉県船橋市)
父は富山県婦負郡野積村(現在の富山市八尾町水口[60])の出身[3]。農家の6人兄弟の末っ子として生まれた[3]。自衛隊の前身である警察予備隊に入隊し、定年で退官するまで自衛官としての人生を歩んだ[3]。習志野駐屯地勤務の折に、母と出会い、結婚[3]。母は千葉県の農家の11人兄弟の末っ子だった[3][4]。貧乏で結婚式も挙げなかった[61]

野田によると「農家の末っ子同士の間に生まれた子どもが、私です。選挙区が都市部なのにシティーボーイに見えないのは、そのせいかも知れません[32]」という。

出生時、係累に政治家は誰もいなかった[3]。

  
      
       妻   ┏男
       ┣━━━┫
 父  ┏野田佳彦  ┗男   
 ┣━━┫ 
 母  ┗野田剛彦   

官職
先代:
菅直人 内閣総理大臣
第95代:2011年 – 次代:
現職
先代:
菅直人 財務大臣
第14代:2010年 – 2011年 次代:
安住淳
先代:
竹下亘・石田真敏 財務副大臣
2009年 – 2010年
峰崎直樹と共同 次代:
池田元久・峰崎直樹
議会
先代:
池田元久 衆議院懲罰委員長
2009年 次代:
河村建夫
党職
先代:
菅直人 民主党代表
第9代:2011年 – 次代:
現職
先代:
佐藤敬夫
鉢呂吉雄 民主党国会対策委員長
第7代:2002年 – 2004年
第10代:2005年 – 2006年 次代:
川端達夫
渡部恒三
その他の役職
先代:
菅直人 政府税制調査会会長
第10代:2010年 – 2011年 次代:
安住淳
歴代内閣総理大臣
第94代
菅直人 第95代
2011年 – –

伊藤博文
黑田清隆
山縣有朋
松方正義
大隈重信
桂太郎
西園寺公望
山本權兵衛
寺内正毅
原敬
高橋是清
加藤友三郎
清浦奎吾
加藤高明
若槻禮次郎
田中義一
濱口雄幸
犬養毅
齋藤實
岡田啓介
廣田弘毅
林銑十郎
近衞文麿
平沼騏一郎
阿部信行
米内光政
東條英機
小磯國昭
鈴木貫太郎
東久邇宮稔彦王
幣原喜重郎
吉田茂
片山哲
芦田均
鳩山一郎
石橋湛山
岸信介
池田勇人
佐藤榮作
田中角榮
三木武夫
福田赳夫
大平正芳
鈴木善幸
中曽根康弘
竹下登
宇野宗佑
海部俊樹
宮澤喜一
細川護熙
羽田孜
村山富市
橋本龍太郎
小渕恵三
森喜朗
小泉純一郎
安倍晋三
福田康夫
麻生太郎
鳩山由紀夫
菅直人
野田佳彦

民主党 (日本 1998-) > 民主党国会議員一覧
民主党国会議員一覧(みんしゅとうこっかいぎいんいちらん)

民主党の国会議員は、2011年6月2日の時点で衆議院議員は301名、参議院議員106名の計407名である(党籍離脱中の衆議院議長・参議院議長を含める)。

民主党本部目次 [非表示]
1 北海道ブロック
2 東北ブロック
3 北関東ブロック
4 南関東ブロック
5 東京ブロック
6 北陸信越ブロック
7 東海ブロック
8 近畿ブロック
9 中国ブロック
10 四国ブロック
11 九州ブロック
12 院内会派所属議員
12.1 衆議院議員
12.2 参議院議員
13 現職国会議員の離党・除籍者
13.1 衆議院議員
13.1.1 離党
13.1.2 除籍
13.2 参議院議員
13.2.1 除籍
14 関連項目
15 外部リンク

北海道ブロック [編集]北海道(衆12/参3)
衆 小選挙区 ※横路孝弘(1区) 三井辨雄(2区) 荒井聰(3区) 鉢呂吉雄(4区) 佐々木隆博(6区)
逢坂誠二(8区) 鳩山由紀夫(9区) 小平忠正(10区)
比例区 仲野博子(7区) 山崎摩耶 山岡達丸 工藤仁美
参 選挙区 徳永エリ(2010年) 小川勝也(2007年)
比例区 相原久美子(2007年)

※横路孝弘は衆議院議長就任のため党籍離脱中

東北ブロック [編集]青森県(衆4/参1)
衆 小選挙区 横山北斗(1区)
比例区 中野渡詔子(2区) 田名部匡代(3区) 津島恭一(4区)
参 選挙区 平山幸司(2007年)
岩手県(衆5/参3)
衆 小選挙区 階猛(1区) 畑浩治(2区) 黄川田徹(3区) 小沢一郎(4区)
比例区 菊池長右ェ門
参 選挙区 主濱了(2010年) 平野達男(2007年)
比例区 藤原良信(2007年)
宮城県(衆5/参3)
衆 小選挙区 郡和子(1区) 斎藤恭紀(2区) 橋本清仁(3区) 石山敬貴(4区) 安住淳(5区)
参 選挙区 桜井充(2010年) 岡崎トミ子(2007年)
比例区 今野東(2007年)
秋田県(衆4/参1)
衆 小選挙区 寺田学(1区) 川口博(2区) 京野公子(3区)
比例区 高松和夫
参 選挙区 松浦大悟(2007年)
山形県(衆3/参1)
衆 小選挙区 鹿野道彦(1区) 近藤洋介(2区)
比例区 和嶋未希
参 選挙区 舟山康江(2007年)
福島県(衆6/参2)
衆 小選挙区 石原洋三郎(1区) 太田和美(2区) 玄葉光一郎(3区) 渡部恒三(4区) 吉田泉(5区)
比例区 山口和之
参 選挙区 増子輝彦(2010年) 金子恵美(2007年)

北関東ブロック [編集]茨城県(衆9/参2)
衆 小選挙区 福島伸享(1区) 石津政雄(2区) 小泉俊明(3区) 大畠章宏(5区) 大泉博子(6区)
比例区 高野守(4区) 柳田和己(7区) 川口浩 石井章
参 選挙区 郡司彰(2010年) 藤田幸久(2007年)
栃木県(衆5/参2)
衆 小選挙区 石森久嗣(1区) 福田昭夫(2区) 山岡賢次(4区)
比例区 富岡芳忠(5区) 玉木朝子
参 選挙区 谷博之(2007年)
比例区 田城郁(2010年)
群馬県(衆6/参0)
衆 小選挙区 宮崎岳志(1区) 石関貴史(2区) 柿沼正明(3区)
比例区 三宅雪子(4区) 中島政希 桑原功
埼玉県(衆15/参3)
衆 小選挙区 武正公一(1区) 石田勝之(2区) 細川律夫(3区) 神風英男(4区) 枝野幸男(5区)
大島敦(6区) 小宮山泰子(7区) 小野塚勝俊(8区) 五十嵐文彦(9区) 松崎哲久(10区)
本多平直(12区) 森岡洋一郎(13区) 中野譲(14区) 高山智司(15区)
比例区 野木実
参 選挙区 大野元裕(2010年) 山根隆治(2007年) 行田邦子(2007年)

南関東ブロック [編集]千葉県(衆15/参3)
衆 小選挙区 田嶋要(1区) 黒田雄(2区) 岡島一正(3区) 野田佳彦(4区) 村越祐民(5区)
生方幸夫(6区) 内山晃(7区) 松崎公昭(8区) 奥野総一郎(9区) 谷田川元(10区)
若井康彦(13区)
比例区 金子健一(11区) 中後淳(12区) 水野智彦 石田三示
参 選挙区 小西洋之(2010年) 長浜博行(2007年) 加賀谷健(2007年)
神奈川県(衆20/参6)
衆 小選挙区 中林美恵子(1区) 岡本英子(3区) 長島一由(4区) 田中慶秋(5区) 池田元久(6区)
首藤信彦(7区) 笠浩史(9区) 城島光力(10区) 中塚一宏(12区) 橘秀徳(13区)
本村賢太郎(14区) 後藤祐一(16区) 神山洋介(17区) 樋高剛(18区)
比例区 三村和也(2区) 勝又恒一郎(15区) 山崎誠(8区) 藤井裕久 斎藤勁
相原史乃
参 選挙区 金子洋一(2010年) 牧山弘恵(2007年) 水戸将史(2007年)
比例区 那谷屋正義
(2010年) ツルネン・
マルテイ(2007年) 大石尚子(2007年)
山梨県(衆3/参2)
衆 小選挙区 小沢鋭仁(1区) 坂口岳洋(2区) 後藤斎(3区)
参 選挙区 輿石東(2010年) 米長晴信(2007年)

東京ブロック [編集]東京都(衆29/参15)
衆 小選挙区 海江田万里(1区) 中山義活(2区) 松原仁(3区) 藤田憲彦(4区) 手塚仁雄(5区)
小宮山洋子(6区) 長妻昭(7区) 木内孝胤(9区) 江端貴子(10区) 青木愛(12区)
平山泰朗(13区) 木村剛司(14区) 東祥三(15区) 初鹿明博(16区) 菅直人(18区)
末松義規(19区) 加藤公一(20区) 長島昭久(21区) 山花郁夫(22区) 櫛渕万里(23区)
阿久津幸彦(24区)
比例区 早川久美子(17区) 竹田光明 石毛えい子 小林興起 吉田公一
川島智太郎 中津川博郷 渡辺浩一郎
参 選挙区 小川敏夫(2010年) 蓮舫(2010年) 鈴木寛(2007年) 大河原雅子(2007年)
比例区 有田芳生(2010年) 石橋通宏(2010年) 江崎孝(2010年) 小林正夫(2010年) 谷亮子(2010年)
難波奨二(2010年) 西村正美(2010年) 白眞勲(2010年) 池口修次(2007年) 川合孝典(2007年)
吉川沙織(2007年)

北陸信越ブロック [編集]新潟県(衆6/参3)
衆 小選挙区 西村智奈美(1区) 鷲尾英一郎(2区) 黒岩宇洋(3区) 菊田真紀子(4区) 田中眞紀子(5区)
筒井信隆(6区)
参 選挙区 田中直紀(2010年) 森ゆうこ(2007年)
比例区 風間直樹(2007年)
富山県(衆1/参1)
衆 小選挙区 村井宗明(1区)
参 比例区 広野允士(2007年)
石川県(衆4/参1)
衆 小選挙区 奥田建(1区) 近藤和也(3区)
比例区 田中美絵子(2区) 沓掛哲男
参 選挙区 一川保夫(2007年)
福井県(衆4/参0)
衆 比例区 笹木竜三(1区) 糸川正晃(2区) 松宮勲(3区) 若泉征三
長野県(衆5/参4)
衆 小選挙区 篠原孝(1区) 下条みつ(2区) 羽田孜(3区) 矢崎公二(4区) 加藤学(5区)
参 選挙区 北澤俊美(2010年) 羽田雄一郎(2007年)
比例区 津田弥太郎(2010年) 柳澤光美(2010年)

東海ブロック [編集]岐阜県(衆7/参2)
衆 小選挙区 柴橋正直(1区) 園田康博(3区) 阿知波吉信(5区)
比例区 橋本勉(2区) 今井雅人(4区) 笠原多見子 山田良司
参 選挙区 小見山幸治(2010年) 平田健二(2007年)
静岡県(衆9/参2)
衆 小選挙区 牧野聖修(1区) 津川祥吾(2区) 小山展弘(3区) 田村謙治(4区) 細野豪志(5区)
渡辺周(6区) 斉藤進(8区)
比例区 斉木武志(7区) 小林正枝
参 選挙区 藤本祐司(2010年) 榛葉賀津也
(2007年)
愛知県(衆17/参6)
衆 小選挙区 古川元久(2区) 近藤昭一(3区) 牧義夫(4区) 赤松広隆(5区) 山尾志桜里(7区)
伴野豊(8区) 岡本充功(9区) 杉本和巳(10区) 古本伸一郎(11区) 中根康浩(12区)
大西健介(13区) 鈴木克昌(14区) 森本和義(15区)
比例区 吉田統彦 三輪信昭 大山昌宏 磯谷香代子
参 選挙区 斉藤嘉隆(2010年) 安井美沙子(2010年) 大塚耕平(2007年) 谷岡郁子(2007年)
比例区 直嶋正行(2010年) 轟木利治(2007年)
三重県(衆6/参2)
衆 小選挙区 中井洽(1区) 中川正春(2区) 岡田克也(3区) 森本哲生(4区)
比例区 藤田大助(5区) 金森正
参 選挙区 芝博一(2010年) 高橋千秋(2007年)

近畿ブロック [編集]滋賀県(衆4/参2)
衆 小選挙区 川端達夫(1区) 田島一成(2区) 三日月大造(3区) 奥村展三(4区)
参 選挙区 林久美子(2010年) 徳永久志(2007年)
京都府(衆7/参2)
衆 小選挙区 平智之(1区) 前原誠司(2区) 泉健太(3区) 北神圭朗(4区) 山井和則(6区)
比例区 小原舞(5区) 豊田潤多郎
参 選挙区 福山哲郎(2010年) 松井孝治(2007年)
大阪府(衆19/参3)
衆 小選挙区 熊田篤嗣(1区) 萩原仁(2区) 吉田治(4区) 稲見哲男(5区) 村上史好(6区)
藤村修(7区) 中野寛成(8区) 大谷信盛(9区) 平野博文(11区) 樽床伸二(12区)
長尾敬(14区) 大谷啓(15区) 森山浩行(16区) 辻恵(17区) 中川治(18区)
長安豊(19区)
比例区 熊谷貞俊 渡辺義彦 樋口俊一
参 選挙区 尾立源幸(2010年) 梅村聡(2007年)
比例区 藤原正司(2007年)
兵庫県(衆12/参4)
衆 小選挙区 井戸正枝(1区) 向山好一(2区) 高橋昭一(4区) 梶原康弘(5区) 市村浩一郎(6区)
石井登志郎(7区) 岡田康裕(10区) 松本剛明(11区) 山口壮(12区)
比例区 室井秀子 浜本宏 松岡広隆
参 選挙区 水岡俊一(2010年) 辻泰弘(2007年)
比例区 石井一(2007年) 室井邦彦(2007年)
奈良県(衆4/参3)
衆 小選挙区 馬淵澄夫(1区) 滝実(2区) 吉川政重(3区)
比例区 大西孝典(4区)
参 選挙区 前川清成(2010年) 中村哲治(2007年)
比例区 前田武志(2010年)
和歌山県(衆3/参0)
衆 小選挙区 岸本周平(1区) 阪口直人(2区)
比例区 玉置公良(3区)

中国ブロック [編集]鳥取県(衆1/参1)
衆 比例区 湯原俊二(2区)
参 選挙区 川上義博(2007年)
島根県(衆1/参0)
衆 比例区 小室寿明(1区)
岡山県(衆4/参2)
衆 小選挙区 津村啓介(2区) 柚木道義(4区)
比例区 高井崇志(1区) 花咲宏基(5区)
参 選挙区 江田五月(2010年) 姫井由美子(2007年)
広島県(衆6/参2)
衆 選挙区 松本大輔(2区) 橋本博明(3区) 空本誠喜(4区) 三谷光男(5区) 和田隆志(7区)
比例区 菅川洋(1区)
参 選挙区 柳田稔(2010年) 佐藤公治(2007年)
山口県(衆2/参1)
衆 小選挙区 平岡秀夫(2区)
比例区 高邑勉(1区)
参 比例区 藤谷光信(2007年)

四国ブロック [編集]徳島県(衆3/参1)
衆 小選挙区 仙谷由人(1区) 高井美穂(2区)
比例区 仁木博文(3区)
参 選挙区 中谷智司(2007年)
香川県(衆2/参1)
衆 小選挙区 小川淳也(1区) 玉木雄一郎(2区)
参 選挙区 植松恵美子(2007年)
愛媛県(衆3/参2)
衆 小選挙区 白石洋一(3区)
比例区 永江孝子(1区) 高橋英行(4区)
参 選挙区 友近聡朗(2007年)
比例区 加藤敏幸(2010年)
高知県(衆0/参2)
参 選挙区 広田一(2010年) 武内則男(2007年)

九州ブロック [編集]福岡県(衆11/参4)
衆 小選挙区 松本龍(1区) 稲富修二(2区) 藤田一枝(3区) 古賀敬章(4区) 楠田大蔵(5区)
緒方林太郎(9区) 城井崇(10区)
比例区 古賀一成(6区) 野田国義(7区) 山本剛正(8区) 中屋大介
参 選挙区 大久保勉(2010年) 岩本司(2007年)
比例区 大島九州男(2007年) 神本美恵子(2007年)
佐賀県(衆2/参1)
衆 選挙区 原口一博(1区) 大串博志(2区)
参 選挙区 川崎稔(2007年)
長崎県(衆5/参2)
衆 小選挙区 高木義明(1区) 福田衣里子(2区) 山田正彦(3区) 宮島大典(4区)
比例区 川越孝洋
参 選挙区 大久保潔重(2007年)
比例区 ※西岡武夫(2007年)
熊本県(衆2/参2)
衆 小選挙区 松野頼久(1区) 福嶋健一郎(2区)
参 選挙区 松野信夫(2007年)
比例区 藤末健三(2010年)
大分県(衆2/参1)
衆 小選挙区 吉良州司(1区) 横光克彦(3区)
参 選挙区 足立信也(2010年)
宮崎県(衆2/参1)
衆 小選挙区 川村秀三郎(1区)
比例区 道休誠一郎(2区)
参 選挙区 外山斎(2007年)
鹿児島県(衆4/参1)
衆 小選挙区 川内博史(1区)
比例区 打越明司(2区) 皆吉稲生(4区) 網屋信介(5区)
参 比例区 横峯良郎(2007年)
沖縄県(衆2/参0)
衆 小選挙区 玉城デニー(3区) 瑞慶覧長敏(4区)

※西岡武夫は参議院議長就任のため党籍離脱中

院内会派所属議員 [編集]衆議院では新党大地所属議員及び無所属議員と統一会派「民主党・無所属クラブ」を、参議院では元新党日本所属議員と統一会派「民主党・新緑風会」を結成している。

衆議院議員 [編集]民主党・無所属クラブ
新党大地
浅野貴博(比例北海道ブロック、新党大地代表代行)
無所属
辻元清美(大阪10区、元社会民主党)
与謝野馨(比例東京ブロック、元自由民主党→たちあがれ日本)
参議院議員 [編集]民主党・新緑風会
無所属(元新党日本)
平山誠(2007年比例代表区)
現職国会議員の離党・除籍者 [編集] 衆議院議員 [編集] 離党 [編集]石川知裕(北海道11区)→無所属
中島正純(大阪3区)→無所属
土肥隆一(兵庫3区)→無所属
佐藤夕子(愛知1区)→減税日本
除籍 [編集]松木謙公(北海道12区)→無所属
横粂勝仁(比例南関東ブロック)→無所属
参議院議員 [編集] 除籍 [編集]大江康弘(2007年比例代表区)→改革クラブ→無所属→幸福実現党→無所属

美国共和党总统参选人,佛罗里达州坦帕(Tampa),8名参选人 –

得克萨斯州长-佩里(Rick Perry)

马萨诸塞前州长-罗姆尼(Mitt Romney)

茶党(Tea Party Express)

前议长-金瑞契

洪博培

巴赫曼

通用电气公司执行长伊梅尔特(Jeffrey Immelt)

总统客人包厢

From:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%91%E4%B8%BB%E5%85%9A%E5%9B%BD%E4%BC%9A%E8%AD%B0%E5%93%A1%E4%B8%80%E8%A6%A7

《野田 佳彦(のだ よしひこ、1957年(昭和32年)5月20日 – )は、日本の政治家。民主党所属の衆議院議員(5期)、内閣総理大臣(第95代)、民主党代表(第9代)。》有4个想法

  1. 国会議員一覧(こっかいぎいんいちらん)は、日本の国会議員の一覧。

    現職の国会議員については以下を参照。

    衆議院議員一覧
    参議院議員一覧
    目次 [非表示]
    1 元国会議員
    1.1 あ
    1.2 か
    1.3 さ
    1.4 た
    1.5 な
    1.6 は
    1.7 ま
    1.8 や
    1.9 ら
    1.10 わ
    2 関連項目

    元国会議員 [編集]元国会議員のうち現在記事が執筆されている、または近日執筆予定である者の一覧を以下に示す。(五十音順)なお括弧内は議員在任期間。

    あ [編集]逢沢寛
    逢沢英雄(1976年 – 1983年)
    相澤英之(1976年 – 2003年)
    愛知揆一(1950年 – 1973年)
    愛野興一郎
    青木一男
    青木茂
    青島幸男(1968年 – 1989年、1992年 – 1995年)
    青山丘(1976年 – 1990年、1993年 – 2005年)
    赤城宗徳(1952年 – 1976年、1979年 – 1990年)
    浅沼稲次郎(1936年 – 1960年)
    芦田均(1932年 – 1959年)
    飛鳥田一雄(1953年 – 1963年、1979年 – 1983年)
    安倍晋太郎(1958年 – 1991年)
    鮎川金次郎
    新井将敬(1986年 – 1998年)
    荒舩清十郎
    有田喜一
    有田八郎
    粟屋敏信(1986年 – 2003年)
    アントニオ猪木(1989年 – 1995年)
    五十嵐広三
    池田勇人(1949年 – 1965年)
    池田正之輔
    石井紘基
    石田幸四郎
    石田勝之
    石田博英
    石橋湛山
    石橋政嗣
    石原慎太郎
    市川雄一
    出光佐三
    伊藤英成
    伊藤茂
    伊藤宗一郎
    伊東秀子
    伊東正義
    稲葉修
    犬養健
    井上敏夫(1908年 – 1913年)
    今泉昭
    上田哲
    上田清司(1993年 – 2003年)
    植竹繁雄
    宇佐美登
    内田常雄
    宇野宗佑(1960年 – 1996年)
    生方幸夫
    江崎真澄
    江田三郎(1963年 – 1977年)
    江藤隆美
    江本孟紀(1992年 – 2004年)
    扇千景
    大出彰
    大内啓伍
    大久保直彦
    太田正孝
    大西正男
    大野伴睦
    大橋巨泉
    大平正芳(1952年 – 1980年)
    小笠原三九郎
    岡島一正
    岡田正勝
    奥田敬和
    奥野誠亮
    小此木彦三郎
    尾崎行雄(1890年 – 1953年)
    小里貞利
    越智通雄
    小渕恵三(1963年 – 2000年)
    か [編集]海江田万里
    柿沢弘治
    鹿島守之助
    梶山静六
    梶原康弘
    春日一幸
    片岡直輝
    片岡直温
    勝間田清一
    加藤鐐五郎
    加藤六月
    金丸信(1958年 – 1992年)
    金子一平
    金子満広
    鎌田さゆり
    賀屋興宣
    河上丈太郎
    川崎正蔵
    川島正次郎
    川田悦子
    河村勝
    河村たかし(1993年 – 2009年)
    神田厚
    城井崇
    木内四郎
    城内実
    木倉和一郎
    岸信介(1942年 – 1943年、1953年 – 1979年)
    北村直人
    木部佳昭
    木村武雄
    木村守男
    旭道山和泰
    清瀬一郎
    鯨岡兵輔
    久保亘
    熊谷弘
    熊代昭彦
    倉田寛之
    栗原君子(1992 – 1998年)
    栗本慎一郎
    黒澤酉蔵
    黒田長礼
    黒柳明
    桑原豊
    源田実
    小泉純也
    小泉龍司
    河野一郎
    河野謙三
    河本敏夫
    高良とみ
    古賀潤一郎
    小坂善太郎
    小坂徳三郎
    小平忠
    伍堂卓雄
    後藤田正晴
    五島正規
    小西理
    小林興起
    小森龍邦(1990 – 1996年)
    近藤鉄雄
    さ [編集]斎藤邦吉
    斎藤十朗
    斎藤隆夫
    酒井忠正
    阪上善秀
    坂田道太
    坂本三十次
    桜内義雄
    迫水久常
    佐々木更三
    佐々木秀典
    佐々木良作
    笹山登生
    左藤章
    佐藤栄作(1949年 – 1975年)
    佐藤謙一郎
    佐藤敬夫
    佐藤公治
    佐藤孝行
    佐藤泰三
    鮫島宗明
    沢たまき(1998年 – 2003年)
    椎名悦三郎
    塩川正十郎
    塩崎潤
    志賀節
    重宗雄三
    篠田弘作
    島田久
    島田俊雄
    正力松太郎(1955年 – ?)
    白川勝彦
    陣内孝雄
    新村源雄
    永末英一
    末広まきこ
    菅野悦子(1990年 – 1993年)
    鈴木善幸(1947年 – 1990年)
    鈴木茂三郎(1946年 – 1967年)
    砂田重民
    首藤信彦
    瀬戸山三男
    園田直
    園田天光光
    た [編集]大松博文
    高瀬荘太郎
    田川誠一
    竹入義勝
    竹内藤男
    竹下登(1958年 – 2000年)
    武知勇記
    武村正義
    田沢吉郎
    達増拓也
    田中伊三次(1942年 – 1983年)
    田中角栄(1947年 – 1990年)
    田中英夫
    田中六助
    田邊圀男
    田邊七六
    田邊誠
    谷洋一
    谷川和穂
    谷川昇
    玉置一徳
    玉置和郎
    田村元
    樽井良和
    千田正(1947年 – 1962年)
    塚田十一郎
    塚原俊平
    塚本三郎
    堤康次郎
    津島恭一
    辻政信
    辻恵
    土屋義彦
    都築譲
    鶴岡洋
    鶴見祐輔
    手島栄
    寺田栄
    土井たか子
    徳川慶光
    徳田虎雄
    な [編集]中尾栄一
    中川一郎
    中川智子
    中島源太郎
    中島知久平
    中島洋次郎(1992年 – 1999年)
    中野寛成
    中野譲
    中西一善
    中西啓介
    永末英一
    中曽根康弘
    中田宏
    中村鋭一
    中村三之丞
    中村正三郎
    中山利生
    中山正暉
    永岡洋治
    灘尾弘吉
    楢崎欣弥
    成田知巳
    二階堂進
    中尾栄一
    永田寿康
    西尾末広
    西川きよし
    西川太一郎
    西田信一
    西村栄一
    野坂参三
    能勢和子
    野末陳平
    野田実
    野中広務
    信田邦雄
    野呂昭彦
    は [編集]計屋圭宏
    橋本清仁
    橋本登美三郎
    橋本龍太郎
    長谷川峻
    畑英次郎
    秦野章
    鳩山威一郎
    鳩山一郎
    鳩山和夫
    鳩山秀夫
    浜田幸一
    浜田卓二郎
    浜野昇
    林健太郎
    早川久美子
    原健三郎
    原陽子
    原田憲
    半田善三
    樋貝詮三
    平泉渉
    平野貞夫
    広川弘禅
    広川シズエ ※広川弘禅の妻
    福島譲二
    福田赳夫 (1952年 – 1990年)
    福田一
    福田昌子
    福家俊一
    藤枝泉介
    藤井勝志
    藤井恒男
    藤尾正行
    藤田雄山
    藤波孝生
    藤山愛一郎
    船田中
    不破哲三
    星島二郎
    細川護熙
    保利茂
    堀之内久男
    本多平直
    本名武
    ま [編集]前尾繁三郎
    前田房之助
    増田甲子七
    益谷秀次
    町村金五
    町村敬貴
    松浦周太郎
    松沢成文
    松下新平
    松田竹千代
    松永光
    松野信夫
    松野頼三
    松宮勲
    松本和巳
    松本善明
    松村謙三
    丸谷金保
    三木武夫(1937年 – 1988年)
    三木武吉
    三沢淳
    水島広子
    水田三喜男
    三塚博(1972年 – 2003年)
    三ッ林弥太郎
    美濃政市
    御法川英文
    箕輪登
    三村申吾
    宮澤喜一
    宮沢胤勇
    宮本一三
    宮本顕治
    三好英之
    武藤嘉文
    村井仁
    村岡兼造
    村上正邦
    村越祐民
    村田敬次郎(1969年 – 2000年)
    村山富市
    森本晃司
    森岡正宏
    森清 (千葉県の政治家)
    森清 (愛媛県の政治家)
    森曉
    森矗昶
    森美秀
    や [編集]八代英太
    矢野絢也
    山内一郎
    山口敏夫
    山崎巌
    山崎猛
    山崎達之輔
    山下貴史
    山下元利
    山下徳夫
    山下善彦
    山名靖英
    山中貞則
    山花郁夫
    山花貞夫
    山村庄之助(1958年 – 1959年)
    山村新治郎(1964年 – 1992年)
    山本幸雄
    山本譲司
    山本孝史(1993 – 2000年、2001年 – 2007年)
    吉田茂
    吉田之久
    米沢隆
    米田建三
    ら [編集] この節は執筆中です。加筆、訂正して下さる協力者を求めています。
    わ [編集]和田静夫(1968年 – 1986年、1990年 – 1993年)
    和田博雄
    渡辺美智雄(1963年 – 1995年)

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  2. 野田 佳彦(のだ よしひこ、1957年(昭和32年)5月20日 – )は、日本の政治家。民主党所属の衆議院議員(5期)、内閣総理大臣(第95代)、民主党代表(第9代)。

    千葉県議会議員(2期)、民主党国会対策委員長(第7・10代)、花斉会会長(初代)、財務副大臣、財務大臣(第14代)などを歴任した。

    日本の政治家
    野田 佳彦
    のだ よしひこ

    2011年4月15日、アメリカ合衆国財務省にて
    生年月日 1957年5月20日(54歳)
    出生地 千葉県船橋市
    出身校 早稲田大学政治経済学部
    所属政党 (無所属→)
    (日本新党→)
    (新進党→)
    民主党
    称号 学士(早稲田大学・1980年)
    公式サイト 衆議院議員 野田よしひこ

    第95代 内閣総理大臣
    内閣 野田内閣
    任期 2011年9月2日 – 現職
    天皇 今上天皇(明仁)

    第14代 財務大臣
    内閣 菅内閣
    菅第1次改造内閣
    菅第2次改造内閣
    任期 2010年6月8日 – 2011年9月2日

    衆議院議員
    選挙区 (旧千葉県第1区→)
    千葉県第4区  
    当選回数 5回   
    任期 1993年7月19日 – 1996年9月27日
    2000年6月26日    – 現職  

    千葉県議会議員
    内閣  
    選挙区 船橋市選挙区
    当選回数 2回
    任期 1987年4月23日 – 1993年7月5日

    来歴 [編集] 生い立ち [編集]千葉県船橋市出身。父は富山県の農家の6人兄弟の末っ子として生まれた自衛官(第1空挺団[1]、あるいは業務隊[2]所属)[3][4]。母は千葉県の農家の11人兄弟の末っ子だった[4]。

    学生時代 [編集]船橋市立薬円台小学校、船橋市立二宮中学校と進み、千葉県立船橋高等学校に入学[5]。

    船橋高校では柔道部に所属[6]。早稲田大学政治経済学部政治学科に現役で入学。立花隆に憧れ、ジャーナリストを志していた[3]。在学中は新自由クラブでボランティア活動をしていた[6]。

    1980年、早大を卒業し松下幸之助が設立したばかりの松下政経塾に第1期生として入塾。同期の塾生に横尾俊彦がいる。1985年、政経塾を卒業[5]。卒業後は家庭教師や都市ガスの点検員等、様々な仕事を経験した[7]。

    政界入り [編集]1987年、千葉県議会議員選挙に立候補。なお、新聞社の選挙予想では泡沫候補の扱いを受けていたが、当時最年少の29歳で初当選を果たした。千葉県議は2期務めた。

    国政へ [編集]1992年、松下政経塾の評議員の1人だった元熊本県知事の細川護煕の下で日本新党の結党に参加。翌1993年の第40回衆議院議員総選挙に旧千葉県第1区から出馬し、当選を果たした。この総選挙では日本新党ほか新生党、新党さきがけが党勢を拡大して自由民主党を過半数割れに追い込み、8党派の細川連立政権が誕生する。日本新党所属の野田も細川内閣を支えるが、国民福祉税構想の頓挫や佐川急便からの1億円借り入れ疑惑で窮地に陥った細川首相は1994年4月に突如辞意を表明し、8ヶ月で退陣。続く羽田内閣も日本社会党の連立離脱により少数与党に転落し、非自民連立政権は10ヶ月で幕を下ろした。同年末、新進党結党に参加する。

    小選挙区比例代表並立制導入後初めて実施された1996年の第41回衆議院議員総選挙では千葉県第4区から出馬するが、自民党の田中昭一に105票差で敗北。この票差は全小選挙区でも最小の数字であった(田中昭一:73,792票、野田佳彦:73,687票。野田の惜敗率は99.85%)。新進党は加藤六月のような例外を除き(加藤の小選挙区でのライバルは橋本龍太郎)重複立候補を認めていなかったため、落選した。落選後新進党を離党し、民主党に入党。約4年間の浪人時代は中小・零細企業の経営者たちのカンパに支えられたという[5]。

    2000年の第42回衆議院議員総選挙では民主党公認で千葉4区から出馬し当選。4年ぶりに国政復帰を果たした。同年、民主党総務局長に就任。翌2001年、民主党次の内閣でネクスト行政改革・規制改革担当大臣に就任する。

    2002年の民主党代表選挙に際しては、菅直人・鳩山由紀夫の二枚看板(所謂「鳩菅体制」)に危機感を覚える前原誠司、松沢成文、河村たかしら中堅・若手議員で「第二期民主党をつくる有志の会」を結成。9月の代表選に前原、野田のどちらを擁立するかで調整が難航したが、中堅・若手議員を代表する形で野田の出馬に落ち着いた。鳩山代表の3選は阻止できず落選したが、選挙戦を通じて党内での知名度を高めた。その後、鳩山代表から政策調査会長就任を要請されるが、鳩山を支持するために代表選出馬を取り止めた中野寛成の幹事長就任を「論功行賞」と批判し、就任を固辞した。

    2002年12月、民主党国会対策委員長に(~2003年11月)、2004年には次の内閣財務大臣に就任(2005年9月まで)し、党の要職を歴任する。

    2005年の第44回衆議院議員総選挙では千葉4区で自民党の藤田幹雄の猛追を受けるが、944票差で藤田を破り、4期目の当選を果たす。なおこの選挙で、千葉県内の小選挙区で当選を果たした民主党議員は野田ただ1人であった。

    堀江メール問題での失脚 [編集]2005年、総選挙で惨敗した民主党は敗北の責任を取って辞任した岡田克也代表の後任に前原誠司を選出し、野田は前原執行部で再度国会対策委員長に就任した。しかし2006年2月、永田寿康が引き起こした堀江メール問題では、当初このメールの信憑性を疑わず永田を擁護する対応を取ったため、国対委員長を引責辞任した(追って前原も民主党代表を辞任)。なお、このメール問題について、2008年に刊行された民主党秘書らによる『民主党10年史』(第一書林)では「普通の企業なら当然備わっている危機管理と統治能力がなかった」 、「党執行部の仲良しグループ化が生んだ情報囲い込み」が原因だったと指摘された。また馬淵澄夫によれば、国対委員長を辞任した野田と神楽坂のバーで飲んだ際、野田は「いやー、いろいろあったけど墓場まで持っていくしかねぇな」と話したという[8]。

    国対委員長辞任後は科学技術政策ワーキングチームの座長として宇宙の軍事利用の検討を行い、防衛目的の利用はできないという従来の政府解釈を転換し、非侵略での宇宙利用を容認する「宇宙条約」の締結を進める方針や「宇宙庁」の設置を主張した[9][10]。

    2008年8月、「本当の二大政党なら政策論争をしないと意味がない」と主張し、民主党代表選への出馬を表明したが、幹部の松本剛明に強く自制を求められるなど自らのグループを纏め切れず[11]、さらに安住淳国対委員長代理(当時)からいわゆる偽メール問題の責任を挙げられ自省を迫られるなど[12]、推薦人(20人)確保の目処が立たず、出馬を断念した。これにより、小沢一郎代表体制の継続が事実上決まった。これについて2008年9月7日放送の『たかじんのそこまで言って委員会』で立候補を断念した経緯を語った。またこの出馬断念に反発した馬淵澄夫がグループを脱会した[13]。2009年5月の小沢代表辞任に伴う後継選挙では岡田克也を支援したが、岡田は鳩山由紀夫に敗北。ただ、岡田が鳩山代表の下で幹事長に就任すると、幹事長代理として執行部入りし、復権を果たした。

    鳩山内閣 [編集]同年9月の鳩山由紀夫内閣の成立に伴い防衛大臣就任が取り沙汰されたが、近著で集団的自衛権の行使を主張していることから、党内や連立政権での意見対立を刺激することが懸念されたため野田の防衛相就任は見送られたものの、その手腕を高く評価していた藤井裕久財務相の意向により、財務副大臣に就任。2010年1月に藤井が健康上の問題を理由に辞任すると、後任候補の1人として名前が上がり[14]、藤井も野田を後任に推薦する意向だった[15]が、菅直人副総理が国家戦略担当大臣から横滑りする形で副総理兼財務相に就任し、野田の財務相昇格案は見送られた。

    菅内閣 [編集]
    2011年4月15日、アメリカ合衆国財務省にて財務長官ティモシー・フランツ・ガイトナー(右)とともに2010年6月、鳩山が代表・首相辞任を表明し、6月8日に鳩山内閣は総辞職した。後継代表・首相には菅副総理兼財務相が就任し、菅内閣の財務相には野田が副大臣から昇格する形で就任することとなった。初入閣での財務相就任は初めての例であり、戦後の大蔵大臣時代を含めても比較的異例である。

    同年8月20日、為替動向について記者会見で「重大な関心をもって注意深くみていく」と述べる一方、為替介入についてはコメントを避けた[16]。9月8日、円高について衆院財務金融委員会での答弁で「明らかに一方的に偏っている」とし、「必要なときには為替介入をふくむ断固たる措置をとる」「産業の空洞化にもつながりかねないということで、強い懸念をもっている」と述べた[17]。9月15日、政府・日本銀行が「円売りドル買い」の為替介入に踏み切ったことを発表。この介入により1ドル=82円台から1ドル=85円台に急落した[18]。10月8日、1ドル=81円台に上昇したことを受け「より一層重大な関心を持ってマーケットの動向を注視し、必要なときには介入を含めて断固たる措置をとるという姿勢に変わりはない」と述べた[19]。また同日ワシントンで開かれた先進7か国財務相・中央銀行総裁会議(G7)では為替介入について「批判的な意見は出なかった」と説明した[20] 。

    2010年9月に発足した菅改造内閣でも財務相に留任。2011年1月の内閣改造に際しては内閣官房長官への横滑りも取り沙汰されたが、野田が財務相続投を強く希望したため、菅再改造内閣でも留任した。

    スタンダード&プアーズによる米国債の格下げに伴い、2011年8月8日に行われたG7電話会談では、「米国債への信頼は揺るがないし、魅力ある商品だと思う」と述べ、円高に対してはマーケットの動向を注視すると述べた[21]。

    民主党代表選挙・内閣総理大臣へ [編集]2011年6月9日、菅直人首相の退陣表明を受けて仙谷由人民主党代表代行や岡田克也党幹事長らは民主党代表選挙に野田を擁立する方向で調整[22]。朝日新聞(2011年6月9日付)が1面トップでポスト菅の「本命」と報じ、夕刊の各全国紙が後追いした。野田は8月10日の文藝春秋で「時機が来れば、私は、先頭に立つ覚悟です」と党代表選への出馬に意欲を示し[23]、同日の記者会見では「脱小沢」路線は見直すべきとの考えを示した[24]。8月23日、代表選での連携を期待していた[25]前原誠司が立候補の意向を示した。

    野田は8月26日に立候補を表明し、原発事故収束を優先事項に挙げる。また自身は脱原発依存の立場であり、原発は新設しないことを表明した[26]。朝日新聞が8月26日に発表した「次期首相にだれがふさわしいか」の世論調査の結果では、原口一博に次ぐ4位となった[27]。同26日には小沢一郎元代表の支持を受けた[28]海江田万里経済産業大臣が立候補を表明[29]。代表選には史上最多となる野田・前原誠司前外務大臣・海江田経産大臣・鹿野道彦農林水産大臣・馬淵澄夫前国土交通大臣の5人が立候補する形となった。

    2011年8月29日に施行された代表選挙では、第1回目の投票で海江田の143票に次ぐ102票を獲得[30]。過半数を獲得した候補がいなかったため決選投票となり、小沢への批判票を集めた野田が215票を獲得して177票を獲得した海江田を逆転し、第9代民主党代表に選出された[31]。

    投票前に行われた、いわゆる「ドジョウ演説」では、ジョークや相田みつをの詩を交えつつ、政治に「夢、志、人情」を取り戻すことを訴えた[32]。 落語家の三遊亭楽春は「落語にドジョウは出てくるが主役じゃない。野田さんは華はないけど実直で安心感はある」とドジョウ演説を評価した一方で、政治評論家の有馬晴海は「『ドジョウ政治』と言っても何をしたいのか分からない。もっと自分の生活から絞り出てくる言葉がほしい」と批判した[33]。

    党首選挙に於ける決選投票での逆転当選は、1956年12月自由民主党総裁選挙での石橋湛山以来55年振りで、民主党では初めてとなった[34]。

    民主党代表選出後の8月30日、菅再改造内閣の総辞職を受け衆参両院で行われた首班指名選挙において、第95代内閣総理大臣に指名される[35]。9月2日に天皇による親任式を経て正式に就任し、民主党と国民新党の連立による野田内閣が発足した[36]。

    年譜 [編集]
    2010年11月、アジア太平洋経済協力財務相会合にて議長に就任1980年:早稲田大学政治経済学部政治学科卒業。松下政経塾に入塾(第1期生)。
    1987年:千葉県議会議員に無所属で立候補。当選。
    1992年:千葉県議会議員に無所属で立候補。再選。
    1993年:第40回衆議院議員選挙に日本新党公認で出馬。初当選(1期目)。
    1996年:第41回衆議院議員選挙に新進党公認で出馬。105票差で落選。
    2000年:第42回衆議院議員選挙に民主党公認で出馬。当選(2期目)。
    2002年:民主党代表選挙に、第二期民主党をつくる有志の会に推され出馬するが、鳩山由紀夫に敗れ落選。
    2002年:民主党の党国会対策委員長に就任。
    2003年:第43回衆議院議員選挙に民主党公認で出馬。当選(3期目)。
    2005年:第44回衆議院議員選挙に民主党公認で出馬。当選(4期目)。
    2005年:党国会対策委員長に2度目の就任。
    2006年:党国会対策委員長を引責辞任。
    2007年:党広報委員長に就任。
    2009年:第45回衆議院議員選挙に民主党公認で出馬。当選(5期目)。
    2009年:鳩山由紀夫内閣で財務副大臣に就任。
    2010年:菅直人内閣で財務大臣に昇格就任。初入閣。
    2011年:民主党代表及び内閣総理大臣に就任。

    人物 [編集]
    2010年11月6日、アメリカ合衆国財務長官ティモシー・フランツ・ガイトナー(左)と 人柄、性格、趣味など [編集]身長173cm、体重79kg。血液型はB型。尊敬する人物は松下幸之助とロバート・ケネディ。座右の銘は松下政経塾の「五誓」の一つである「素志貫徹(成功の要諦は成功するまで続けるところにある)」。政治信条はケネディの「アイデアリズム・ウイズアウト・イリュージョン(幻想なき理想主義)」[5]。
    趣味は格闘技観戦。小学生の時にキックボクシングの沢村忠に握手してもらい感動したという[5]。最強と考えるプロレスラーはジャンボ鶴田。政治の場でも格闘技用語を使い、2002年の民主党代表選のキャッチフレーズは「ドスンパンチ」、2003年には小泉純一郎首相の答弁を「ヒットアンドアウェーというよりアウェーアンドアウェー」と表現した[5]。柔道2段の有段者で、田村亮子と写った写真を議員会館自室に飾っている。田村について「政治家としての行動は違うが、柔道家としては好き」と語っている[5]。超党派で作る格闘技振興議員連盟の会長を務めている。本人曰く柔道でも政治でも寝技は苦手。
    好物はラーメンと日本酒[41]。酒豪だが高級バーをはしごするタイプではなく、庶民的な店がほとんどだという[5]。カラオケの十八番は「柳ヶ瀬ブルース」「思えば遠くへ来たもんだ」など。
    性格は温厚で礼儀正しいと評される事が多い[42][43]。また真面目で行動や発言は慎重[5]。

    系譜 [編集]野田家(富山県富山市、千葉県船橋市)
    父は富山県婦負郡野積村(現在の富山市八尾町水口[60])の出身[3]。農家の6人兄弟の末っ子として生まれた[3]。自衛隊の前身である警察予備隊に入隊し、定年で退官するまで自衛官としての人生を歩んだ[3]。習志野駐屯地勤務の折に、母と出会い、結婚[3]。母は千葉県の農家の11人兄弟の末っ子だった[3][4]。貧乏で結婚式も挙げなかった[61]

    野田によると「農家の末っ子同士の間に生まれた子どもが、私です。選挙区が都市部なのにシティーボーイに見えないのは、そのせいかも知れません[32]」という。

    出生時、係累に政治家は誰もいなかった[3]。

      
          
           妻   ┏男
           ┣━━━┫
     父  ┏野田佳彦  ┗男   
     ┣━━┫ 
     母  ┗野田剛彦   

    官職
    先代:
    菅直人 内閣総理大臣
    第95代:2011年 – 次代:
    現職
    先代:
    菅直人 財務大臣
    第14代:2010年 – 2011年 次代:
    安住淳
    先代:
    竹下亘・石田真敏 財務副大臣
    2009年 – 2010年
    峰崎直樹と共同 次代:
    池田元久・峰崎直樹
    議会
    先代:
    池田元久 衆議院懲罰委員長
    2009年 次代:
    河村建夫
    党職
    先代:
    菅直人 民主党代表
    第9代:2011年 – 次代:
    現職
    先代:
    佐藤敬夫
    鉢呂吉雄 民主党国会対策委員長
    第7代:2002年 – 2004年
    第10代:2005年 – 2006年 次代:
    川端達夫
    渡部恒三
    その他の役職
    先代:
    菅直人 政府税制調査会会長
    第10代:2010年 – 2011年 次代:
    安住淳
    歴代内閣総理大臣
    第94代
    菅直人 第95代
    2011年 – –

    伊藤博文
    黑田清隆
    山縣有朋
    松方正義
    大隈重信
    桂太郎
    西園寺公望
    山本權兵衛
    寺内正毅
    原敬
    高橋是清
    加藤友三郎
    清浦奎吾
    加藤高明
    若槻禮次郎
    田中義一
    濱口雄幸
    犬養毅
    齋藤實
    岡田啓介
    廣田弘毅
    林銑十郎
    近衞文麿
    平沼騏一郎
    阿部信行
    米内光政
    東條英機
    小磯國昭
    鈴木貫太郎
    東久邇宮稔彦王
    幣原喜重郎
    吉田茂
    片山哲
    芦田均
    鳩山一郎
    石橋湛山
    岸信介
    池田勇人
    佐藤榮作
    田中角榮
    三木武夫
    福田赳夫
    大平正芳
    鈴木善幸
    中曽根康弘
    竹下登
    宇野宗佑
    海部俊樹
    宮澤喜一
    細川護熙
    羽田孜
    村山富市
    橋本龍太郎
    小渕恵三
    森喜朗
    小泉純一郎
    安倍晋三
    福田康夫
    麻生太郎
    鳩山由紀夫
    菅直人
    野田佳彦

    民主党 (日本 1998-) > 民主党国会議員一覧
    民主党国会議員一覧(みんしゅとうこっかいぎいんいちらん)

    民主党の国会議員は、2011年6月2日の時点で衆議院議員は301名、参議院議員106名の計407名である(党籍離脱中の衆議院議長・参議院議長を含める)。

    民主党本部目次 [非表示]
    1 北海道ブロック
    2 東北ブロック
    3 北関東ブロック
    4 南関東ブロック
    5 東京ブロック
    6 北陸信越ブロック
    7 東海ブロック
    8 近畿ブロック
    9 中国ブロック
    10 四国ブロック
    11 九州ブロック
    12 院内会派所属議員
    12.1 衆議院議員
    12.2 参議院議員
    13 現職国会議員の離党・除籍者
    13.1 衆議院議員
    13.1.1 離党
    13.1.2 除籍
    13.2 参議院議員
    13.2.1 除籍
    14 関連項目
    15 外部リンク

    北海道ブロック [編集]北海道(衆12/参3)
    衆 小選挙区 ※横路孝弘(1区) 三井辨雄(2区) 荒井聰(3区) 鉢呂吉雄(4区) 佐々木隆博(6区)
    逢坂誠二(8区) 鳩山由紀夫(9区) 小平忠正(10区)
    比例区 仲野博子(7区) 山崎摩耶 山岡達丸 工藤仁美
    参 選挙区 徳永エリ(2010年) 小川勝也(2007年)
    比例区 相原久美子(2007年)

    ※横路孝弘は衆議院議長就任のため党籍離脱中

    東北ブロック [編集]青森県(衆4/参1)
    衆 小選挙区 横山北斗(1区)
    比例区 中野渡詔子(2区) 田名部匡代(3区) 津島恭一(4区)
    参 選挙区 平山幸司(2007年)
    岩手県(衆5/参3)
    衆 小選挙区 階猛(1区) 畑浩治(2区) 黄川田徹(3区) 小沢一郎(4区)
    比例区 菊池長右ェ門
    参 選挙区 主濱了(2010年) 平野達男(2007年)
    比例区 藤原良信(2007年)
    宮城県(衆5/参3)
    衆 小選挙区 郡和子(1区) 斎藤恭紀(2区) 橋本清仁(3区) 石山敬貴(4区) 安住淳(5区)
    参 選挙区 桜井充(2010年) 岡崎トミ子(2007年)
    比例区 今野東(2007年)
    秋田県(衆4/参1)
    衆 小選挙区 寺田学(1区) 川口博(2区) 京野公子(3区)
    比例区 高松和夫
    参 選挙区 松浦大悟(2007年)
    山形県(衆3/参1)
    衆 小選挙区 鹿野道彦(1区) 近藤洋介(2区)
    比例区 和嶋未希
    参 選挙区 舟山康江(2007年)
    福島県(衆6/参2)
    衆 小選挙区 石原洋三郎(1区) 太田和美(2区) 玄葉光一郎(3区) 渡部恒三(4区) 吉田泉(5区)
    比例区 山口和之
    参 選挙区 増子輝彦(2010年) 金子恵美(2007年)

    北関東ブロック [編集]茨城県(衆9/参2)
    衆 小選挙区 福島伸享(1区) 石津政雄(2区) 小泉俊明(3区) 大畠章宏(5区) 大泉博子(6区)
    比例区 高野守(4区) 柳田和己(7区) 川口浩 石井章
    参 選挙区 郡司彰(2010年) 藤田幸久(2007年)
    栃木県(衆5/参2)
    衆 小選挙区 石森久嗣(1区) 福田昭夫(2区) 山岡賢次(4区)
    比例区 富岡芳忠(5区) 玉木朝子
    参 選挙区 谷博之(2007年)
    比例区 田城郁(2010年)
    群馬県(衆6/参0)
    衆 小選挙区 宮崎岳志(1区) 石関貴史(2区) 柿沼正明(3区)
    比例区 三宅雪子(4区) 中島政希 桑原功
    埼玉県(衆15/参3)
    衆 小選挙区 武正公一(1区) 石田勝之(2区) 細川律夫(3区) 神風英男(4区) 枝野幸男(5区)
    大島敦(6区) 小宮山泰子(7区) 小野塚勝俊(8区) 五十嵐文彦(9区) 松崎哲久(10区)
    本多平直(12区) 森岡洋一郎(13区) 中野譲(14区) 高山智司(15区)
    比例区 野木実
    参 選挙区 大野元裕(2010年) 山根隆治(2007年) 行田邦子(2007年)

    南関東ブロック [編集]千葉県(衆15/参3)
    衆 小選挙区 田嶋要(1区) 黒田雄(2区) 岡島一正(3区) 野田佳彦(4区) 村越祐民(5区)
    生方幸夫(6区) 内山晃(7区) 松崎公昭(8区) 奥野総一郎(9区) 谷田川元(10区)
    若井康彦(13区)
    比例区 金子健一(11区) 中後淳(12区) 水野智彦 石田三示
    参 選挙区 小西洋之(2010年) 長浜博行(2007年) 加賀谷健(2007年)
    神奈川県(衆20/参6)
    衆 小選挙区 中林美恵子(1区) 岡本英子(3区) 長島一由(4区) 田中慶秋(5区) 池田元久(6区)
    首藤信彦(7区) 笠浩史(9区) 城島光力(10区) 中塚一宏(12区) 橘秀徳(13区)
    本村賢太郎(14区) 後藤祐一(16区) 神山洋介(17区) 樋高剛(18区)
    比例区 三村和也(2区) 勝又恒一郎(15区) 山崎誠(8区) 藤井裕久 斎藤勁
    相原史乃
    参 選挙区 金子洋一(2010年) 牧山弘恵(2007年) 水戸将史(2007年)
    比例区 那谷屋正義
    (2010年) ツルネン・
    マルテイ(2007年) 大石尚子(2007年)
    山梨県(衆3/参2)
    衆 小選挙区 小沢鋭仁(1区) 坂口岳洋(2区) 後藤斎(3区)
    参 選挙区 輿石東(2010年) 米長晴信(2007年)

    東京ブロック [編集]東京都(衆29/参15)
    衆 小選挙区 海江田万里(1区) 中山義活(2区) 松原仁(3区) 藤田憲彦(4区) 手塚仁雄(5区)
    小宮山洋子(6区) 長妻昭(7区) 木内孝胤(9区) 江端貴子(10区) 青木愛(12区)
    平山泰朗(13区) 木村剛司(14区) 東祥三(15区) 初鹿明博(16区) 菅直人(18区)
    末松義規(19区) 加藤公一(20区) 長島昭久(21区) 山花郁夫(22区) 櫛渕万里(23区)
    阿久津幸彦(24区)
    比例区 早川久美子(17区) 竹田光明 石毛えい子 小林興起 吉田公一
    川島智太郎 中津川博郷 渡辺浩一郎
    参 選挙区 小川敏夫(2010年) 蓮舫(2010年) 鈴木寛(2007年) 大河原雅子(2007年)
    比例区 有田芳生(2010年) 石橋通宏(2010年) 江崎孝(2010年) 小林正夫(2010年) 谷亮子(2010年)
    難波奨二(2010年) 西村正美(2010年) 白眞勲(2010年) 池口修次(2007年) 川合孝典(2007年)
    吉川沙織(2007年)

    北陸信越ブロック [編集]新潟県(衆6/参3)
    衆 小選挙区 西村智奈美(1区) 鷲尾英一郎(2区) 黒岩宇洋(3区) 菊田真紀子(4区) 田中眞紀子(5区)
    筒井信隆(6区)
    参 選挙区 田中直紀(2010年) 森ゆうこ(2007年)
    比例区 風間直樹(2007年)
    富山県(衆1/参1)
    衆 小選挙区 村井宗明(1区)
    参 比例区 広野允士(2007年)
    石川県(衆4/参1)
    衆 小選挙区 奥田建(1区) 近藤和也(3区)
    比例区 田中美絵子(2区) 沓掛哲男
    参 選挙区 一川保夫(2007年)
    福井県(衆4/参0)
    衆 比例区 笹木竜三(1区) 糸川正晃(2区) 松宮勲(3区) 若泉征三
    長野県(衆5/参4)
    衆 小選挙区 篠原孝(1区) 下条みつ(2区) 羽田孜(3区) 矢崎公二(4区) 加藤学(5区)
    参 選挙区 北澤俊美(2010年) 羽田雄一郎(2007年)
    比例区 津田弥太郎(2010年) 柳澤光美(2010年)

    東海ブロック [編集]岐阜県(衆7/参2)
    衆 小選挙区 柴橋正直(1区) 園田康博(3区) 阿知波吉信(5区)
    比例区 橋本勉(2区) 今井雅人(4区) 笠原多見子 山田良司
    参 選挙区 小見山幸治(2010年) 平田健二(2007年)
    静岡県(衆9/参2)
    衆 小選挙区 牧野聖修(1区) 津川祥吾(2区) 小山展弘(3区) 田村謙治(4区) 細野豪志(5区)
    渡辺周(6区) 斉藤進(8区)
    比例区 斉木武志(7区) 小林正枝
    参 選挙区 藤本祐司(2010年) 榛葉賀津也
    (2007年)
    愛知県(衆17/参6)
    衆 小選挙区 古川元久(2区) 近藤昭一(3区) 牧義夫(4区) 赤松広隆(5区) 山尾志桜里(7区)
    伴野豊(8区) 岡本充功(9区) 杉本和巳(10区) 古本伸一郎(11区) 中根康浩(12区)
    大西健介(13区) 鈴木克昌(14区) 森本和義(15区)
    比例区 吉田統彦 三輪信昭 大山昌宏 磯谷香代子
    参 選挙区 斉藤嘉隆(2010年) 安井美沙子(2010年) 大塚耕平(2007年) 谷岡郁子(2007年)
    比例区 直嶋正行(2010年) 轟木利治(2007年)
    三重県(衆6/参2)
    衆 小選挙区 中井洽(1区) 中川正春(2区) 岡田克也(3区) 森本哲生(4区)
    比例区 藤田大助(5区) 金森正
    参 選挙区 芝博一(2010年) 高橋千秋(2007年)

    近畿ブロック [編集]滋賀県(衆4/参2)
    衆 小選挙区 川端達夫(1区) 田島一成(2区) 三日月大造(3区) 奥村展三(4区)
    参 選挙区 林久美子(2010年) 徳永久志(2007年)
    京都府(衆7/参2)
    衆 小選挙区 平智之(1区) 前原誠司(2区) 泉健太(3区) 北神圭朗(4区) 山井和則(6区)
    比例区 小原舞(5区) 豊田潤多郎
    参 選挙区 福山哲郎(2010年) 松井孝治(2007年)
    大阪府(衆19/参3)
    衆 小選挙区 熊田篤嗣(1区) 萩原仁(2区) 吉田治(4区) 稲見哲男(5区) 村上史好(6区)
    藤村修(7区) 中野寛成(8区) 大谷信盛(9区) 平野博文(11区) 樽床伸二(12区)
    長尾敬(14区) 大谷啓(15区) 森山浩行(16区) 辻恵(17区) 中川治(18区)
    長安豊(19区)
    比例区 熊谷貞俊 渡辺義彦 樋口俊一
    参 選挙区 尾立源幸(2010年) 梅村聡(2007年)
    比例区 藤原正司(2007年)
    兵庫県(衆12/参4)
    衆 小選挙区 井戸正枝(1区) 向山好一(2区) 高橋昭一(4区) 梶原康弘(5区) 市村浩一郎(6区)
    石井登志郎(7区) 岡田康裕(10区) 松本剛明(11区) 山口壮(12区)
    比例区 室井秀子 浜本宏 松岡広隆
    参 選挙区 水岡俊一(2010年) 辻泰弘(2007年)
    比例区 石井一(2007年) 室井邦彦(2007年)
    奈良県(衆4/参3)
    衆 小選挙区 馬淵澄夫(1区) 滝実(2区) 吉川政重(3区)
    比例区 大西孝典(4区)
    参 選挙区 前川清成(2010年) 中村哲治(2007年)
    比例区 前田武志(2010年)
    和歌山県(衆3/参0)
    衆 小選挙区 岸本周平(1区) 阪口直人(2区)
    比例区 玉置公良(3区)

    中国ブロック [編集]鳥取県(衆1/参1)
    衆 比例区 湯原俊二(2区)
    参 選挙区 川上義博(2007年)
    島根県(衆1/参0)
    衆 比例区 小室寿明(1区)
    岡山県(衆4/参2)
    衆 小選挙区 津村啓介(2区) 柚木道義(4区)
    比例区 高井崇志(1区) 花咲宏基(5区)
    参 選挙区 江田五月(2010年) 姫井由美子(2007年)
    広島県(衆6/参2)
    衆 選挙区 松本大輔(2区) 橋本博明(3区) 空本誠喜(4区) 三谷光男(5区) 和田隆志(7区)
    比例区 菅川洋(1区)
    参 選挙区 柳田稔(2010年) 佐藤公治(2007年)
    山口県(衆2/参1)
    衆 小選挙区 平岡秀夫(2区)
    比例区 高邑勉(1区)
    参 比例区 藤谷光信(2007年)

    四国ブロック [編集]徳島県(衆3/参1)
    衆 小選挙区 仙谷由人(1区) 高井美穂(2区)
    比例区 仁木博文(3区)
    参 選挙区 中谷智司(2007年)
    香川県(衆2/参1)
    衆 小選挙区 小川淳也(1区) 玉木雄一郎(2区)
    参 選挙区 植松恵美子(2007年)
    愛媛県(衆3/参2)
    衆 小選挙区 白石洋一(3区)
    比例区 永江孝子(1区) 高橋英行(4区)
    参 選挙区 友近聡朗(2007年)
    比例区 加藤敏幸(2010年)
    高知県(衆0/参2)
    参 選挙区 広田一(2010年) 武内則男(2007年)

    九州ブロック [編集]福岡県(衆11/参4)
    衆 小選挙区 松本龍(1区) 稲富修二(2区) 藤田一枝(3区) 古賀敬章(4区) 楠田大蔵(5区)
    緒方林太郎(9区) 城井崇(10区)
    比例区 古賀一成(6区) 野田国義(7区) 山本剛正(8区) 中屋大介
    参 選挙区 大久保勉(2010年) 岩本司(2007年)
    比例区 大島九州男(2007年) 神本美恵子(2007年)
    佐賀県(衆2/参1)
    衆 選挙区 原口一博(1区) 大串博志(2区)
    参 選挙区 川崎稔(2007年)
    長崎県(衆5/参2)
    衆 小選挙区 高木義明(1区) 福田衣里子(2区) 山田正彦(3区) 宮島大典(4区)
    比例区 川越孝洋
    参 選挙区 大久保潔重(2007年)
    比例区 ※西岡武夫(2007年)
    熊本県(衆2/参2)
    衆 小選挙区 松野頼久(1区) 福嶋健一郎(2区)
    参 選挙区 松野信夫(2007年)
    比例区 藤末健三(2010年)
    大分県(衆2/参1)
    衆 小選挙区 吉良州司(1区) 横光克彦(3区)
    参 選挙区 足立信也(2010年)
    宮崎県(衆2/参1)
    衆 小選挙区 川村秀三郎(1区)
    比例区 道休誠一郎(2区)
    参 選挙区 外山斎(2007年)
    鹿児島県(衆4/参1)
    衆 小選挙区 川内博史(1区)
    比例区 打越明司(2区) 皆吉稲生(4区) 網屋信介(5区)
    参 比例区 横峯良郎(2007年)
    沖縄県(衆2/参0)
    衆 小選挙区 玉城デニー(3区) 瑞慶覧長敏(4区)

    ※西岡武夫は参議院議長就任のため党籍離脱中

    院内会派所属議員 [編集]衆議院では新党大地所属議員及び無所属議員と統一会派「民主党・無所属クラブ」を、参議院では元新党日本所属議員と統一会派「民主党・新緑風会」を結成している。

    衆議院議員 [編集]民主党・無所属クラブ
    新党大地
    浅野貴博(比例北海道ブロック、新党大地代表代行)
    無所属
    辻元清美(大阪10区、元社会民主党)
    与謝野馨(比例東京ブロック、元自由民主党→たちあがれ日本)
    参議院議員 [編集]民主党・新緑風会
    無所属(元新党日本)
    平山誠(2007年比例代表区)
    現職国会議員の離党・除籍者 [編集] 衆議院議員 [編集] 離党 [編集]石川知裕(北海道11区)→無所属
    中島正純(大阪3区)→無所属
    土肥隆一(兵庫3区)→無所属
    佐藤夕子(愛知1区)→減税日本
    除籍 [編集]松木謙公(北海道12区)→無所属
    横粂勝仁(比例南関東ブロック)→無所属
    参議院議員 [編集] 除籍 [編集]大江康弘(2007年比例代表区)→改革クラブ→無所属→幸福実現党→無所属

    美国共和党总统参选人,佛罗里达州坦帕(Tampa),8名参选人 –

    得克萨斯州长-佩里(Rick Perry)

    马萨诸塞前州长-罗姆尼(Mitt Romney)

    茶党(Tea Party Express)

    前议长-金瑞契

    洪博培

    巴赫曼

    通用电气公司执行长伊梅尔特(Jeffrey Immelt)

    总统客人包厢

    From:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%91%E4%B8%BB%E5%85%9A%E5%9B%BD%E4%BC%9A%E8%AD%B0%E5%93%A1%E4%B8%80%E8%A6%A7

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